大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和45年(オ)886号 判決

上告人

江間忠木材株式会社

右代表者

江間忠蔵

右訴訟代理人

小幡良三

被上告人

右代表者法務大臣

浜野清吾

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小幡良三の上告理由第一点及び第二点について。

不動産の任意競売手続において、配当表が作成され、その記載内容を不服とする抵当権者から配当表に対する異議の訴が提起された場合には、競売裁判所は、異議ある債権の債権者に対し直ちに売得金を交付することは許されず、民訴法六九七条、六三〇条三項(昭和四一年法律第一一一号による改正前のもの)の規定を類推して、交付を留保した異議ある債権の配当額を供託すべきものと解するのが相当である。

しかしながら、原判決の適法に確定するところによると、競売裁判所が異議ある債権の配当額を供託する義務があるか否かについて、先例的な判例及び通説的な学説はなく、これをいかに解すべきかについて疑義があり、積極・消極の両説が考えられ、また、裁判所の競売実務上の取扱いも二様に分かれており、本件における競売裁判所である浦和地方裁判所は、民訴法の右規定の準用がないとの解釈のもとに、配当額を供託することなくそのままこれを保管する措置をとつたというのである。

このように、ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立して疑義を生じ、拠るべき明確な判例、学説がなく、実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても一応の論拠が認められる場合に、公務員がその一方の解釈に立脚して公務を執行したときは、後にその執行が違法と判断されたからといつて、ただちに右公務員に過失があつたものとすることは相当でなく、これと同趣旨の原審の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(下田武三 藤林益三 岸盛一 岸上康夫)

上告代理人小幡良三の上告理由

第一点 原判決には左の如く、法令適用上の誤、従つて法令違反が存し破棄を免れざるものである。

(一) 原判決は要するに「浦和地方裁判所の措置は違法であるが過失がない」ということに帰する。しかし乍ら、加害公務員の故意、過失の認定に当り一定の事実を立証すれば一応過失あるものと推定し、国則に無過失を反証させようとするのが判例であり(東京高等裁判所昭和二六年一〇月二七日)、且又、その論理は経験則に合する処であり、従つて国家機構、公務員組織内部における加害さえ立証すれば一応過失を推定すべきである。(東京地方裁判所昭和二七年一二月二二日、昭和三四年三月一七日)

而して、公務員がその職務を遂行するに当り要求される注意義務は例えば検察庁職員は「他官庁の職員に比し個人の生命財産等の保護については一段と高い見識をもち誠実に事件の処理にあたるべき職務上の義務を有する」とされている関係上(東京地方裁判所昭和三四年九月一九日)。裁判所職員は従来の取扱いに拘泥されることなく常に法令、判例を研究しもし、誤りたる取扱いがあれば、これを是正すべき法律上の注意義務を負担するものと謂わなくてはならない。

(二) 本件において、原判決は東京地方裁判所の判決と同じく「競売裁判所としては民事訴訟法第六九七条、六三〇条第三項の規定を準用し異議ある債権の配当額を供託すべき義務あるものと解すべく、従つて……供託せず、保管していたのは違法な措置」とし、「最高裁判所昭和三一年一一月三〇日第二小法廷判決により従来の大審院の判決は変更された」としている。

即ち、右最高裁判所の判例を検討し、且つ、競売法、民事訴訟法を合理的に解釈すれば何人でも当然到達する結論は本件の如き場合供託しなければならないということである。

ちなみに、大決大正二年六月一三日は「競売法による競売手続についてはその性質の許す限り強制執行に関する民事訴訟法を準用すべきもの」とし、競売裁判所が配当金を供託すべき場合は民事訴訟法第六三〇条第二、第三項の準用により

(1) 弁済期未到来の債権(大判昭和一五年七月二日)

(2) 仮登記抵当権者(大判昭和二年五月二六日他)

(3) 仮差押債権者(大判昭和一〇年四月二三日)

が存する。

而して、本件の場合にも右判決の類推適用により、供託すべきであつたにも拘らず、これをなさなかつた点に判例違反の理由も存するものと考える。)

乙第一号証の一、二は本件の如き場合、民事訴訟法第六三〇条第三項を準用すべきものと断定した上、従来実務上の扱いを調査しているものにすぎないのである。してみれば、少くとも右調査の時点において、競売裁判所はその取扱いを準用説に従つて、あらためるべきであつたのである。

(三) 国家賠償法第一条の「過失」については、前述の通り個人の生命、財産等の保護について一段と高い見識をもつ」ことが要請されている以上、所謂軽過失を以つて足るものと解すべきである。

本件の場合、上告人において、原判決について法令の解釈適用の誤りについての過失ありと(その点から謂つて民事訴訟法第三九五条の上告理由に該当する)して上告したのは、左の理由に基く、即ち、原判決は「異議ある債権の配当額につき、民事訴訟法第六九七条、第六三〇条第三項の規定が準用されるか否かについても、この点を直接または間接に明示した判例、ないし通説とみるべき学説も存在しない」といつているが、仮りに判例、通説が存在しないとしても、競売裁判所としては、常に法律の研讃にはげみ、法令の正しき運用を図らなければならない法律上の義務を負担する。しかも第一、第二審の判決は何れも最高裁昭和三一年一一月三〇日の判例により従来の大審院判例が変更され配当金額を供託しないのは違法であるとする。

もし、本件競売裁判所において右判例の趣旨を検討していたならば、右民事訴訟法の規定を準用すべきものとの結論に到達していた筈である。

(因みに、競売裁判所は上告人代理人に供託していなかつた点につき自ら過失を認め陳謝の意を表していたのである。右は裁判外の自白であり、原裁判所がこの点を何ら審理せずして過失なしと判示したのは明らかに審理不尽というべきである。)

しかも、兼子一判例民事法昭和一六年第九〇号、斉藤秀夫法学全集競売法一八九(配当異議に関する民事訴訟法の規定の準用を肯定すべきものとする。従つて当然、民事訴訟法第六三〇条第三項の準用も肯定している。)の如き通説もあり、又、乙第一号証の一、二の如く同法第六三〇条第三項を準用すべきものとする見解、前記(二)記載の各判例、更には添付の如き見解が存する以上、本件の場合に供託すべしとする判例、通説が存し右法条の準用なしとしたのは、明らかに過失があつたものと考える。

第二点 原判決には左の如き理由の齟齬があり破棄を免れざるものと思料する。

(一) 原判決は「これをいかに解すべきかに疑義があり、積極、消極両説が考えられる場合に(この点については前述の通り前掲最高裁判例を検討すれば積極説しか考えられないのである)競売裁判所が右の規定を準用すべきではないと解し、その解釈にもとづく措置をとつたとき、後日、その解釈ないし措置が違法であると判断されても、単にそれだけで、競売裁判所に故意または過失ありとすることはできない」としている。

(二) しかし乍ら、本件の場合、前記法条を準用すべきことは、ついてはこれを検討すれば何らの疑義(乙第一号証の一、二は単に従来の取扱いのアンケートに過ぎない)なき処であり、本件競売裁判所において、その検討を怠つた点に過失があるのである。

原判決は単に従来の取扱いに(同法の準用につき)積極、消極の両説があるかから、これを準用しなかつたからといつて過失がないとしているのは、明らかに論理の飛躍であり、吾人を納得せしめるに足らざる処である。

(三) 仮りにある条文の準用の有無に関し、積極、消極の説がなくしかもこれを準用しないと国民に不利益(本件の場合では供託による利息金)をもたらす場合、法が国民のために存すると考えられる民主国家においては、すべからくこれを準用し、国民の利益を謡護しなければならない処である。

原判決は、右の点に全く留意することなく(しかも、上告人の昭和四十四年一月十七日付準備書面(四)の末尾に裁判外の自白ありたることを主張し、且つ、第一点(一)記載の判例が存する以上この点について何ら審理することなく)本件競売裁判所に過失なしとしたるは明らかに「判決の理由につき齟齬」があるものと謂わなければならない。

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